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春 その他の季節 /ル・クレジオ (集英社 /1993年発行) 1940年生まれのフランスの作家。知らずに手に取ったんだけど、もうすごく上手い。すごくいい。じわじわと染み込んできて胸を揺さぶる。何でもない描写が、有機的で能動的で煌いていて五感に働きかけてくる。誰じゃこら、と思って思わずネット検索した。真摯な作家という言葉に惹かれる。ぜひ他のも読もう。 この本は、「春」という短編(というか、むしろ中編。100枚くらいありそう)と、いくつかの短編からなる彼の後記の作品集。どの短編も一人の少女、親のない、孤独な美しい少女が主人公で、まるで一人の人生を体験したかのような気分になる。終わりが終わるべくして終わる。人生が終わるべくして終わるように。視点や時間軸や場所が次々と移りゆくのに、全然それが気にならない。むしろ幸福な乗り物に揺られているような、次へどこへ連れて行ってくれるのか楽しみに待っているような、そんなふうに読めた。全然違う土地、違う人種なのに、少女時代を思い出させてくれる。体に染み込んで忘れていた記憶をそっと呼び起こしてくれるような小説だった。読み終わってしばらく泣いた。 (抜粋) 日が長くなり、光が多くなって、太陽がまるで地平線を完全に一周しようとするかのように、だんだん西に、いくつもの丘の向こうへ沈んでいくとき、あたしの胸はじんとする。大気のなかには花粉や小蝿、渦を巻いて飛ぶ微小なものがたくさんある。すべてのものが至るところで、一種の震えのなかで動きまわり、踊っているような気がする。 こんなことを感じるのは初めてだ。今までこんなことがあたしに起きたことは決してなかったように思う。あたしは春の訪れが嬉しかったが、そういったものが動くのを見たことはなかった。昔、ナイチンゲールではこんな様子だった。その後、あたしたちがフランスにやって来ると、あたしは花粉や小蝿が踊るのを見たり、海の煌きを数えたりしようとして立ちどまる必要はなかった。もう季節には関心を持っていなかった。 (「春」冒頭より) |