読書の記録

No.84 2005.2.3

←back 


愛しあう / ジャン=フィリップ・トゥーサン

(集英社 /2003年発行)

 「近くにいれば傷つけあい、離れ離れになると仲直りしてしまうような二人」が日本へ旅行にやってくる。二人は互いにこれが最後の旅行であり別れるために恋の蓄えを使い尽くす旅だと暗黙のうちに分かっている。大人の男女の揺れ動く感情を情緒に流されることなく淡々としかしくっきりと描き出している。読んで行くとさまざまな感情が静かに胸に迫ってくるトゥーサンの最新作。

 今までの作品よりも視覚的に訴えるシーンが多く、私の中に鮮烈な印象を残した。デザイナーであり自由奔放で僕を振りまわしつづける美しい恋人マリー。一人で仕事を切り盛りする姿と「ぼく」に対する不安定な姿とのギャップが生々しく、胸が痛む。瓶のふたをあけると白い湯気が立ち上るほどの濃い塩酸の小瓶をいつも肌身離さず持ち歩いている「ぼく」。瓶のふたをなくして小瓶から立ち上る臭気に目と鼻をやられながらふらふらと歩くラストシーンは強烈で、いつまでも頭から離れなかった。

 好きだ惚れただというそういうお祭りではなくて、辛かったり苦しかったり憎んだり諦めたり燃え上がったり、そういう一連のやるせない衝動の繰り返しがリアルに描かれている。まさに「愛しあう」というタイトルにふさわしい小説だった。

(抜粋)
 どうしてわたしにキスしようとしないの? とそのときマリーが小声でぼくに尋ねた。彼方をじっと見据えたその顔には、何かかたくなな表情が浮かんでいた。ぼくは返事をせずに外を眺め続けた。しばらくしてぼくは抑揚のない、驚くほど穏やかな声で、キスしたくないなんて言った覚えはないよと答えた。それならどうしてキスしてくれないの? そう言いながら彼女は近づいてきてぼくの肩を抱いた。ぼくは身を硬くし、できるだけ優しく彼女の手を押しのけ、ふたたび夜の街をじっと眺め始めた。やはり穏やかな、ほとんど表情のない声で、単に事実を述べるだけという風に答えた。キスしたいなんて言った覚えもないね(遅すぎるよ、マリー、もう遅すぎる)。彼女は窓の前に立ってしげしげとぼくを見た。もう眠ろうよ、マリー、とぼくは言った。眠ろうよ、もう遅いんだから。そのとき疲れのせいか苛立ちのせいか、彼女の肩にぶるっと震えが走るのが見えた。もうひとこと何か口にしたくなったが、何も言わずにこらえ、彼女の腕にそっと片手をのせ、すると彼女は乱暴に腕を振り払った。もう愛していないのね、と彼女が言った。



form amazon↓


←back   / TOP