博士の愛した数式 /小川洋子
(新潮社 /2003年発行)
高校三年のときに父親のいない子供を生み、通い家政婦の仕事をしながら子供を育てている「私」は、ある日紹介所から9人もの家政婦が次々と音を上げて投げ出した手ごわい相手、元数学者だが事故のせいで記憶が80分しかもたない初老の男性、を紹介されそこで働くことになる。私は彼を「博士」と呼び、80分しか記憶がもたないという病に途惑い悩まされつつも、博士が展開する数式の魅力や博士自身の人柄に惹かれて行く。
博士の描写が面白い。記憶がもたないので忘れてはいけないことをメモに書いて背広にクリップで留めつけている。子供なら無条件で愛してしまう。博士の人柄やその病、そして彼の口から生き生きと語られる数字の面白さ、素晴らしさがこの小説の核であり、それだけでも十分面白い。が、それ以外は残念ながらゆるい。主人公の「私」が高校の時妊娠して、相手には逃げられ母には反対され、一人家を飛び出して別の場所で生み育てたという設定が全く生きていない。また、博士に頭が平らでルート記号のようだからと「ルート」と名付けられた自分の子供を、博士のいない場所で一人称の文章でルート、ルートと呼んでいるのが気になる。自分のつけた名前ではなく他人のつけたあだ名で自分の息子を呼ぶ親は不自然じゃないだろうか。「私」が息子に愛情を注いでいないせいかと思えば読み進めるうちにそうじゃないと分かる。また、博士の面倒を見、「私」の雇い手である初老の女性は、今は亡き博士の兄の嫁であり、気難しく不可思議な人物として描かれているが、いくら気難しいからといって彼女を「未亡人」と無神経に記す「私」もなんだか気に入らない。未亡人が、未亡人が、と文章に出てくるたびに奇妙な気がする。「私」が博士以外の人間に対しては無神経である、という設定なのだろうか……それだとこの話全体の魅力が半減してしまう。
などとそんなところが気になって愚痴愚痴言うのはわたしくらいだろう(かな?)。数字の描写や博士の人物だけでも十分楽しめるので読んでみてください。
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