読書の記録

No.306 2009.5.14

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はてしない物語(上)(下)
 /ミヒャエル・エンデ

(岩波少年文庫 /2000年発行)

 ネバーエンディングストーリーという題で映画化されたこの作品。小説で読むのは初めてだったけれど、夢中になって読んだ。ただ面白いだけじゃなく「物語とは何か」という彼なりの考察が詰まっていて、読者としても、物語の書き手としても心から楽しめた。いやあ、ミヒャエル・エンデすごいよ!心の師匠は彼に決めました。

 何をやってもうまく行かない小太りの少年バスチアンは、ある古本屋で見つけた本に惹かれて盗んでしまう。学校をさぼって体育倉庫で読んでいるうちに夢中になり、日が暮れてお腹が空いても読み続けてしまう。

 物語の上巻は現実のバスチアンのエピソードを少しずつ挟みながら本の中の物語も語られる。どうして、こんな形式なのだろうと不思議に思いながら読み進めていくと、下巻で現実のバスチアンと本の中の世界が交信し、混じりあってしまう。

 少年の成長譚としても面白いけれど、何と言ってもファンタジーエン国の設定が面白い。この架空の国は、女王「幼ごころの君」が全てを担っている。彼女が病気になってしまい、国のあちこちで虚無が発生し、物語に住む妖精や鬼たちを飲み込んでしまう。彼女の病気を治すには、人間がこの国に訪れて彼女に新しい名前をつけてあげなければいけない。

 物語をつむぐとはどういうことか、それが生々しい質感を持ってこの本には描かれている。書く側の人間に勇気を与えてくれる。

 下巻は物語の国へ降りてきた少年バスチアンの話になる。ここでまた大きなテーマが描かれる。女王を救ったバスチアンはある意味この世界の創造主で、ファンタジーエン国ではどんな願いも叶えることができる。ただし、願いを一つ叶えるたびに今までの記憶を一つ失ってしまう。全ての記憶を失ってしまうと、元の世界に帰れなくなり、この世界で機械人形のように何も考えられず同じ動作を繰り返す日々を送るはめになる。

 ちょっとした虚栄心や、気まぐれな同情で、次々と願いを使ってしまうバスチアンをはらはら見守りながら、これもまた何てリアルなんだろう、と思う。

 きっと、人の願いの数は限られている。時間もお金も能力も持ってるだけしかなくて、横道に逸れた小さな願いを叶えて願いを消費している場合ではない。





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