読書の記録

No.281 2008.7.26

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一茶
 /藤沢周平

(文春文庫 /1981年発行)

 知り合いの方で藤沢周平が好きで全部読んでいるという方がいらっしゃって、わたしはどうにも歴史小説には疎かったので、じゃあいい機会だから読んでみようと思って読んでみました。初・藤沢周平。初・歴史小説。

 淡々としているけれど、読みやすく風流な文体で面白かったです。章が変わるたびに年月や登場人物ががらりと変わるのに最初は慣れなくて、一章ずつ読んでは本を閉じないと頭が切り替わらなかったけれど、段々慣れて読めるようになりました。逆に言えば、わたしはいつも年月が繋がった一気に読まなくちゃいけない物語ばかり書いてしまうので、こんなふうに時を順番に刻んで広々とした視点で読める小説のリズムを見習いたいなと思いました。

 俳諧師の小林一茶が主人公。ユーモラスで親しみやすい俳句のいくつかはそらんじることができるけど、彼の生い立ちはほとんど知らなかった。継母に苛められ、追い出されるように江戸へ奉公に出て、地道な仕事につくことができずふらふらしていて、金を賭けて句を競う賭博で俳句の才を見出され、俳諧師になることにする。貧乏暮らしの恐怖、名声への渇望、家を構えて妻を迎えるという人並みの幸せすら持てない孤独、故郷の継母とのいざかい、仲が良い俳諧師が野垂れ死ぬことで訪れた将来への不安。一人の生身の人間の人生が、淡々と、でも素朴な温かい文で綴られていく。今でこそ有名な一茶がここまで不遇の人生を歩んでいたということも興味深いが、たとえこの主人公が今も無名の人間だったり、フィクション上の人間だったとしても、小説として面白く読めたと思う。

 一人の人間を生まれたときから死ぬまで追っていく物語には、独特のカタルシスがある。いつかこんな話を書いてみたい。



一茶

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