読書の記録

No.275 2008.7.10

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鏡をみてはいけません
 /田辺聖子

(集英社 /1996年発行)

 田辺聖子を一冊読んで気に入ったので、さあ次はどれを読もうと思って眺めて、多すぎて途方にくれました。で、これが一番気になったタイトルでした。面白かったです。

 主人公の「私」の恋人「律」は、小学生の息子がいるバツイチ。彼は妹の「頼子」と前妻との息子と三人で住んでいる。お試し期間ということで、私は律の家で暮らすことになる。前の妻の味方で、どうにかして兄と縒りを戻させたいブラコンの頼子は、何かと私のすることにいちゃもんつける。朝ご飯は何より大事だと主張して細かいことにはこだわらずおおらかな愛情を持つ律は、そのおおらかさの裏返しで、肝心なことをすぐに棚上げするくせがある。

 設定だけ見れば、渡る世間は鬼ばかりのようなどろどろした感じだけど、主人公が魅力的なので、どろどろとは程遠い小説になっている。恋人の言うなりになってしまうほど従順でもなく、かといってばっさり切り捨てるほど冷たくもなく、絵本を描くという仕事に情熱を抱いて何もかも投げ捨てて取り組んだりする反面、朝ご飯や料理を作って人に食べてもらうことに心から幸せを感じたりする、そんな主人公のバランス感覚が、何だか本当に生身の女という気がした。幸せになるには、何よりバランス感覚が大事だぜ、とか思った。

 手触りも歯ごたえもある、しっかりとした小説でした。読みやすいのに、凡庸な表現が一つも出てこない。手抜きがない。タイトルもなるほどそうきたか、という感じ。噛み締めて少しずつ読みました。  


文庫


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