読書の記録

No.273 2008.6.19

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カラマーゾフの兄弟
 /ドストエフスキー

(新潮社 /昭和53年発行)

 ★10個です。素晴らしかったです…と終わるわけにもいかず、感想書くハードル高いが何とか頑張ります。

「白夜」→「罪と罰」→「白痴」とだんだん準備運動して、このドストエフスキーの集大成「カラマーゾフの兄弟」を読むことができました。面白かった。この一作品に一体いくつ分の小説が詰まってるのか、と驚く。一人の登場人物が語るセリフの中だけで、一つの小説になりそうなほど濃厚。全体の物語の流れも、展開が見えなくて先が気になってしょうがない。読み終わったあとの満足感も、「罪と罰」で感じたようなたった一つの結論に収束してしまった物足りなさが全くなく、すごく開かれて、かつ責任のある満足のいく終わり方でした。これはあらすじとか知らずに読むべきです。なので、あらすじは書かないのでご安心を。

 この小説では作者自らが独特の口調で語っていく。だけど作者は全部を知っているわけじゃないし、全部を理解しているわけではない。それにも関わらず、ここで起きたある事件について何かを伝えようと、聞き知った情報を集めてみんなに語っている。そんな設定。とっつきにくさもあるけれど、物語が進むにつれ、作者の存在を忘れ、登場人物たちが目の前で喋っているかのような臨場感溢れるストーリーに没頭してしまう。だけど、この設定のおかげで作者は、全てを語らなくていいわけで、読者に見えない部分を作り、それが物語のキーとなって進んでいく。巧妙な仕掛けなんだけど、あざとさや作為は感じられない。本当に作者自身も登場人物の一人のようで、全てを知らないのだと思わせられてしまう。

 物語の中で多くのことが語られる。でもそれらは作者が物語の創始者として自分の思想を語らせているのではなく、あくまでこの物語の中で地に足をつけて生きている登場人物一人一人が体で獲得した生々しい哲学だった。彼らはこの世界でものすごくリアルに生きていて、それぞれが口々に魂の叫びを語っていた。そしてそれらは、何だかとても親しみやすい。哲学者が高尚なことを高尚な言葉で喋っても少しも体に入ってこないけど、必死で生きている彼らの彼らなりの叫びは、国や時代や立場が違っても、響いて血肉になっていく。これが小説の力なんだと思った。

 いつも感じることなのだけど、この作家の頭の中では、登場人物たちが現れてはぺらぺらと喋っていくのじゃないだろうか。物語の中で、次兄のイワンが、部屋に現れた悪魔がぺらぺらと喋って追い払えないという幻覚と幻聴に苦しむシーンがある。イワンの創造する悪魔は、ユーモラスで皮肉屋でぞっとするほど人間くさく生々しい。ドストエフスキーにもこんなふうに人物たちが見えていたんじゃないかと思いながら読んだ。

 読み終わって嗚咽泣き。悲しいとかストーリーの結末に感動したとか、そういうレベルじゃない、なんというか「この小説すげー」という感動で、ああこの世にこの小説があって、わたしがこれを読めるというそのことに感謝と感動の涙が止まらない。名作と言われている小説をちゃんとよいコンディションで読めたとき、そして波長があったとき、こんなふうに涙が止まらなくなってしまう。「百年の孤独」もそうだったな。ああもう、小説ってすげーよ。すごいんだよ。だからもうわたし小説に一生捧げて悔いないんですよ、とか思いました。

 村上春樹は「これまでの人生で出会った最も重要な3冊の本」の1つに、このカラマーゾフの兄弟を挙げたそうですよ。(村上春樹氏:ロングインタビュー 第2回より)  





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