読書の記録

No.271 2008.6.7

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感傷旅行(センチメンタル・ジャーニー) /田辺聖子

(文藝春秋 /昭和50年発行)

 これだけ有名な作家なのに実は今まで一度も読んだことがなかった田辺聖子ですが、友人が面白い面白いと言うので読んでみると、確かに面白かった。今まで読んでなくてもったいなかった。

 手始めに何を読もうかと迷って(いっぱい著作がありますからね…)、芥川賞を受賞した「感傷旅行」が収録されたこの短編集にしました。昭和50年発行。生まれる前だ。

 まず文章に驚いた。現代の女性作家の文章をイメージして読み始めたけれど、それよりむしろ太宰治とか川端康成とか夏目漱石とか、そのへん(大雑把だな…)の人たちの文章に近い。生き生きとした文章。どこが違うかというと、最近の文章が、内容さえ伝わればいいと言葉を無機的に組み合わせたような「活字」だとしたら、太宰とか川端とか夏目とかの文章は直筆の「手書き」。文字自体がうねうねして統一されてなくて読みにくいかもしれないけど、その文字自体が雄弁で個性がある、そんな感じ。いやあ、昔の人の文章っていいよなあなんて感心してたら、当時の芥川賞の選評には、「すべりすぎて自然と漫画のできあがって行くような文章(中村光夫)」などと評されてて、そうかそうかと何かと感慨深かったです。

 表題作「感傷旅行」は、次々と男を変えていく、放送作家仲間であり女友達である有以子が今度は生真面目で堅物な党員を彼氏にしたというところから話が始まる。僕と有以子はかなり仲良しなのだが、そこにロマンスは発生しないほど、有以子はいろいろしょうもない女なのだ。そのしょうもなさが女である田辺聖子の筆で残酷なほど赤裸々に書かれる。ナルシシズムを排除したその徹底ぶりが痛快。でもそれは糾弾ではない。赤裸々なんだけど、登場人物への愛が溢れるほどあって、おかげでそのしょうもない女がいとおしくて魅力的で目が離せなくなる。突き放してるようで、愛情がいっぱい。なんだろうね。太宰の女版、そんな気がしました。

 ここに収録された短編は、男と女のしょうもなさが小さな世界で濃密に描かれる。二人の会話やちょっとしたやりとりや気持の変化が話の中心で、大きな事件が起こるわけでもない。なのに、痛烈で身に染みて、そして優しくなる。

「玉島にて」は、娘が母がかつて住んでいた玉島を、母と一緒に訪れる話。親戚や兄弟や親や子の血のつながりに翻弄されて擦り切れていく母を見ながら、娘は自分には子はいらないと思っているが、この孤独な母を唯一強く思っているのは娘である自分自身であって、そんな相手がいる母に嫉妬する。自分が子を産まなければ、唯一の味方さえこれから一生得られることはないのだ、と考える。その繊細な心の動きが、大した事件も何も起こらない冴えない旅の描写の中で刻々と綴られていく。

 ただ面白かったと満足するだけじゃなく、読み終わったあと心のわだかまりが少しほぐれて軽くなるような、そんな作品たちだった。文学だわ、これは文学だ。他の作品も読まなければ。

角川から文庫で出てる

感傷旅行(文庫)

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