読書の記録

No.259 2008.2.15

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真鶴 /川上弘美

(文藝春秋 /2006年発行)

 ゆっくりとしか読むことが出来ない小説である。突然漢字が開いてあってひらがなが混じる文章は、ぬかるみを歩くみたいにそろそろと注意深くしか進めない。一歩一歩確かめて歩いていくことに、ちょっと疲れる。でも読み終わったあと、充実した満足感が得られる。

 主人公は中学生の娘がいる年若い母親。夫は娘がまだ小さいときに突然失踪して未だ行方が分からない。母親と娘と自分の三人で暮らす家。主人公が娘に抱く思いは、かつて母が主人公に抱いた思いである。母親が自分の手を離れていく娘に対して抱く複雑な感情が、丁寧に丁寧に書かれている。「ついてくる」という書き方で、実在の人間でない幽霊のような幻想のような念が形になった妄想のような女が現れ、主人公と会話していく。真鶴(まなづる)という東京から電車で数時間の実在の海辺の町が、非現実の世界のように描かれる。東京は現実。

 幻想的なエピソードがしょっちゅう挿入されるにも関わらず、地に足着いた小説だと思うのは、娘に対する気持がなまなましく切実な迫力で書かれているからなんだと思う。実際、物語の中でも娘の存在があちら側の世界へ行ってしまわないための錨のような役目をしていた。

 心の表面だけを楽しく撫でていくのではなく、じわじわと隅々まで侵食していく小説である。失踪した夫への思い、娘への思い、母への思い、妻子持ちの現在の恋人への思い。息苦しいような気持でじわじわと侵食されながら読んでいった。最後まで期待を裏切らないよい小説だと思った。




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