読書の記録

No.253 2008.1.12

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クラインの壺 /岡嶋二人

(講談社文庫 /2005年発行)

 二人で書いている小説家がいる。それが岡嶋二人。漫画の分業はよく聞くけれど、小説を二人で書くって一体どういうことだと興味を持っていた作家でした。一人がプロット、一人が文章らしいが、知人から面白いと薦められて選んだこの作品は岡嶋二人コンビ解消前の最後の作で、ほとんど井上夢人さんが書いたらしい。などといううんちくは置いといて。

 推理小説というよりは、SF小説として楽しめた。等身大で親しみやすい文章も読みやすい。クラインの壺というのは、ある会社が新しく開発した壮大なヴァーチャルリアリティゲームである。裸になり全身を特殊な液体スポンジ・ラバーに浸す。スポンジ・ラバーは口の中にも入ってくる。これはヴァーチャル世界の感覚をフィードバックして皮膚に伝える液体。この装置によって、まるで現実と同じようにゲーム世界で物事を体験し、その世界で行動したりできる。…う、うまく説明できません!読んだときは、へえなるほどって納得したのにいざ説明しようとなるとしどろもどろ。詳しくは本文を参照してください!

 次がどうなるかはらはらさせられる話の展開、そして何重かに仕掛けられたどんでん返し。もちろんそれらも売りなのだけど、この小説の魅力はクラインの壺という装置の設定だと思う。こんな装置が本当にあったらどんなことしようか、と読みながらわくわくする。こちらの想像を超えた使い方を物語の中に組み込んでくれるのでますますわくわくする。どんでん返しも次がどうなるかはらはらというのも、全てこの装置があってこその構造になっている。装置が命ということは逆に、その装置が時代とともに古びたり陳腐なものになってしまうと小説の魅力も陳腐になってしまうと思う。だけど、これが今読んでも面白いんだな。1989年に書かれたそうで、わたしはそのへんの時代背景に明るくないので解説を引用する。

(解説より)
 思い出してみるといい。本書単行本の初出は1989年。パソコンをまだマイコンと呼ぶ人がいた。パソコンの動作周波数はたったの16メガヘルツで、ようやく初めてのノートパソコンが登場した年だ。ウィンドウズ・バージョン2はほとんど普及しておらず、MS-DOSですら評判の悪いバージョン4に乗り換えず3を使う人が主流。アップルはマッキントッシュUの時代だった。
 DOS派だった私は、当時、マウスを持っていなかった。コマンドでプログラムを起動するのが当たり前だったからだ。グラフィックに強いと言われたマックでさえ、この年にようやくフルカラー表示の能力を得たばかり。ゲームに特化した専用機ですら、ファミコンの独壇場であり、「ドラゴンクエストV そして伝説へ…」が最新のゲームソフトだった。


…ドラゴンクエストしか分かりません…。10才でしたなあ。ドラクエVは面白かったなあ。友達の家にはがちでタイプライターとかあったよ。ワープロすらまだ我が家にはなかったよ。年賀状はプリントごっこだったよ。(精一杯対抗)

 まあとにかく古びていないってことはどういうことかというと、今読んでも不自然じゃないってことなのです。今読んでもわくわくするってことなのです。推理小説という観点から見ると最後のオチはどうかなあという気がするし、人間の描き方は面白かったけど最後だけどうかなあという気がするんだけど、充分わくわく楽しめて、ああ面白かった!と読み終わりました。他のも読んでみよう。




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