読書の記録

No.194 2006.11.4

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玉蘭 /桐野夏生

(朝日新聞社 /2001年発行)


 うーん、もう桐野さんはミステリー作家とかエンターテイメント作家とかでくくれないよな。取材さえすれば、どんな題材でも料理してしまうんじゃないかな。彼女の小説を読むと、いくつもの人生を体験することができる。ワイドショー的な興味しか引き起こさないような俗な設定を(たとえば母殺し少年であり「リアル・ワールド」、不倫中に子が行方不明になった母であり「柔らかな頬」、死体をバラバラにする主婦たちであったり「OUT」、中国に留学したけどそこで壊れていく女であったり「玉蘭」)見事に本人の視点で一人の普通の人生として描いてみせる。それを読むことで自分の人生として体験することができる。
 飽きるまで読みつづけてやろうと思っているのだが、飽きないので読みつづけまくっている。

 文章もうまい。こんなふうに出来事がどんどん起こっていくエンターテイメントはついつい出来事を追うのに一生懸命で、カメラのアングル(作者の目)が平凡で単調になってしまいがちなのに、彼女の小説は時には俯瞰し、時には非現実な世界に足を踏み入れ、時には自然描写に徹する。その立ち回り方が非常に見事。中身だけじゃなく「技」がある。そして詩的で艶があり、それでいて無駄のない文章だと思う。

 この話は、恋人と別れ今までと違う人生を歩むために上海に留学した有子と、有子の大伯父に当たる質(ただし)の人生が同時進行で進められる。二つの人生は平行しているが、ほんの一瞬、不思議な現象を介して交わって、また過ぎていく。半世紀前の上海で起こる質の恋愛劇も、鬱屈した留学生ばかりの社会でせいいっぱい立ちまわろうとする有子の様子も、華々しい派手な展開がないのにじっくりと読ませる。

 他人にとっては小さなことでも、本人にとっては大切で譲れないことがあって地味な出来事が大きなドラマになる。桐野夏生の小説は、そこを楽しませてくれる小説だと思う。




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