読書の記録

No.187 2006.10.4

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光源 /桐野夏生

(文藝春秋 /平成12年発行)


 またしても桐野さんです。外れ作に当たってがっかりするまで読まないと気がすまない作家になってしまいまいした。

 この話は謎解きや殺人などのサイコサスペンスの要素はない。一本の映画を作るドキュメンタリー小説だ。常に光の当たり方と、どうやったら被写体が最も魅力的に取れるかを考え続ける撮影監督の有村。こだわりが強く、若くて初めての仕事とあって、スタッフたちと上手くいかない監督の三蔵。売れっ子のスターだが、人には言えない悩みを抱えている俳優の高見。ひとやま当てようと自分の財産を投げ打ってこの映画に投資する女プロデューサーの優子。ヘアヌード写真集を出し、独特の存在感で他を威圧する女優井上佐和。こんな登場人物たちの人生や心情を、映画製作という道具を使って鮮やかに浮かびあがらせる。今まで読んだ作品では、殺人という異常事態を小説に導入することで、平凡な人々の人生観を浮き彫りにしてきた桐野さんだけど、この作品は殺人の代わりに映画製作が据えられていて、人生観の変わりにものをつくる表現者、芸術家としてのスタンスを描いていく。

 結構綿密な描写。軽い口調のざくざく進む本に慣れた人には退屈に思えるかもしれない。地味だし。でもわたしは、ああこんなのも書けるんだと思った。映画を製作する過程の描写や、撮影監督である有村の技術的なこだわりの語りや、まるで関係者みたいでびっくりしてしまった。どうしてこんなの書けるの? 昔映画作ってたことあるの? というくらい驚いた。さーすーがーだー。脱帽。文字を追いながら一緒に映画製作に携わっているような楽しさがあった。

 たーだーし、人間ドラマが中途半端に終わってしまっている。冒頭に上げたように、これだけの登場人物が動くわけで、それぞれがそれぞれの悩みを抱えていてそれを吐露するのだが。ラストがあまりにも投げっぱなしすぎ。途中、高見がこの映画に参加しないと言い出したせいで、映画は中止になるが、優子はプロデューサーとして生き残るために高見以外の主要メンバーを切り捨て、映画を転売する。外されたメンバー、三蔵、有村、女優の佐和は、自分たちの力で映画を完成させようとするが…。と、引っ張っておいて、次の章では、あれはあっさり失敗しましたと書かれて終わり。むーん。むーん。力尽きた? という感じ。そして高見が自分の悩みを解決する過程を描いて物語は終わる。
 むーん。
 そんなワイドショー的な人間ドラマに逃げないで、最後まで映画製作という世界を描ききってほしかったなあ。失敗した彼らの思いとかもさ。
 まあいいや。でも、面白かったです。ほんとなんでこんなにいろんな世界が書けるんだー??




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