虹とクロエの物語 /星野智幸
(河出書房新社 /2006年発行)
文藝賞でデビュー。芥川賞候補になったり、三島由紀夫賞や野間文芸新人賞を取ったり、最近の文藝本誌でも特集してたし、次回からすばる文学賞の審査員になるし、という感じで。読んでおこうかなと思った作家。
虹子とクロエという仲のいい女の子二人が、サッカーボールを蹴りあうことで言葉を交わさなくても共感しあい、思春期を過ごしていくが、少しずつすれ違いが生じて、あるときから全く連絡を絶ってしまう。平凡さを嫌い、川原でボールを蹴りあった二人だったが、虹子は平凡さの中に埋没してしまい、そのことでクロエに後ろめたさを感じ、ますます二人の距離は離れていく。
もう一個エピソードがあって、好きな人の体に針のようなものを刺し、体液を少し吸うことで、自分が相手の性質にそっくりになってしまい、そのおかげで居心地よく夫婦として暮らせるという一族の末裔、ユウジは、その血を絶滅させるために無人島に幽閉されていた。そこに虹子とクロエがたまたま訪れる。
んでもって、クロエのお腹には20年も生まれないまま胎児がいる。その胎児は自我に目覚めて語り始める。
こんなあらすじです。
インターネットで感想見てると「難解だった」とか「これが文学」とか言うコメントがあったけど、違うと思う。設定は奇抜だが、その設定をちゃんと消化できていない。消化できていない奇抜な設定なんて、ただのデタラメだ。小説を書くとき、不思議な設定や説明のできない状況が思い浮かぶことがある。でもそれを書くことによって、物語をつむぐことによって解きほぐしていくと、何かが見えてきたりする。作者はその見えてきたものを読者にも分かるように提示しなければならない。それが小説家の仕事だと思う。それをさぼっている気がする。あと、「さらっと読めた」という感想見て、あーあと思う。何も残さなかったのだろう。
設定は奇抜だが、その設定を生み出すほど人物が「できて」いない。人物が平凡そのもので、設定と合っていない。人物の平凡さ、つまらなさは、会話文を読めば伝わってくる。というか、なんでこんなに格好悪い会話文なんだろう…。小説の会話文はただの記録じゃない、演出なのに。面白そうな雰囲気はあるのだが、なにせ人物に魅力がないので、ノレナイ。虹子とクロエの区別がつかない(物語中で区別に意味をもたせてるのに)。ユウジが浅い。胎児が効果を為していない。最後のクロエの結論がしょうもない。胎児のラストシーンはよかった。
ああ、あと、作者、サッカー好きすぎ。物語の必要以上に知識が詰め込まれてた気がする。自分の詳しいことを書くのはいいけど、それが作品にいい効果を為さないと意味ない。
ところで、読みながら、薄井ゆうじを思い浮かべた。この本を読むくらいなら薄井ゆうじを読んだほうがいいよ。奇抜な設定と不思議な世界観は共通で、しかも薄井ゆうじの書く人間はとても温かく魅力的だからだ。
そうか。すばる文学賞の審査員か。読み手としてどんな人なのかは知らない。次の賞の選評が楽しみだ…って他人事じゃねえ。応募しなくちゃ…。
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