椿姫 /デュマ・フィス
(新潮文庫 /昭和25年発行)
歌劇で知られた「椿姫」の原作。漫画「ガラスの仮面」にもちらりと出てくるこの劇。題名しか知らなかったので読んでみた。
椿姫と呼ばれているのは、パリの社交界で奔放で破滅的な日々を送っている美しく気高い娼婦マルグリット。名の知れた公爵を旦那に持ち、また公爵や男爵たちも彼女のような美しい愛人を持つことができたら鼻が高い、そんな世界。主人公のアルマンはマルグリッドに心底惚れ込み、またマルグリッドのほうもその心に感動してアルマンに惚れ、愛人としてではなく恋人としてつきあうようになる。堅実に暮らせば無理なくやっていけるが、パリで一番金のかかる高級娼婦を養っていくほどの金はないアルマンは、やがて博打に手を出し始めるが、マルグリッドが自分の持ち物を売ってまでつつしまやかに二人きりで生活をしようと考えていることを知り、心を改める。二人はこのまま幸せに暮らしていけるように思えたが、息子を思う父の介入によってマルグリッドは自ら身を引くことになる。
これらの内容が、マルグリッドが病気で死に、その手記によって真実を知って悔恨の思いで苦しむアルマンの話で語られる。彼の回想話であるということを忘れてしまうくらい、いきいきと描かれる二人の恋物語に引き込まれてしまう。登場人物が作者に語っているという形は、もっとも自然な一人称なのかもしれない。マルグリッドの描写、恋や嫉妬に苦しむアルマンの葛藤、それらが魅力的に書かれていた。
ただし話の筋としては、道徳的すぎるというか。なんというか。綺麗すぎるというか。マルグリッドがまるで聖女になってしまうのがイマイチだった。最初の頃は、椿姫という名にふさわしい人物だったが、途中からは「椿」はまったく忘れ去られていた。椿というモチーフ、後半にも出てくればその対比が面白かっただろうに。
この作品とは直接関係ないが、ふとドストエフスキー作「白痴」のナスターシャを思い出した。破天荒でキレた性格、でも本当は情愛に満ちてというキャラクター。ナスターシャの強烈なインパクトがマルグリッドにはなかった。だから当たり前の道徳話に落ち着いたのかもしれない。
あとは、男の父親の介入によって女が身を引き、そうとは知らない男が女に裏切られたと怒り狂うという設定は、この頃からあったんだなあと思った。しかも、今までに随分使い古されているだろうに、「冷静と情熱のあいだ」を思い出し、いまさらあれはないよねえ、と呆れてみたりした。
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