女神 /三島由紀夫
(新潮文庫 /昭和53年発行)
女は美しくないと価値がないという、確固たる信念を持ち、火傷のせいで美しくなくなった妻の代わりに、自分の娘を理想の女に育てていく「女神」。主人公周伍の女性美へのこだわりっぷりは、ため息が出るほど徹底されていて、それだけでも読む価値がある。加えて、美を失い夫の愛を失った妻の復讐劇。変質的な両親のもとに育ったわりに、素直で溌剌とした純真な娘朝子の心理描写。とてもドラマティックで面白かった。
他に短編がいくつか。どれも美しくて明快な文章。彼の小説は、まるで仮説をたてて検証する論文のようだ。人間が駒のように部品のように配置され動かされ、彼の検証を実践してみせる。彼は、圧倒的な技術でそれをやってのけ、しかも美しい文体でつやっぽいエンターテイメントに仕立て上げることにも成功している。読み終わったその瞬間、チェックメイトという声が聞こえる。
文章が上手いのでまたしてもメモ書き。
(抜粋)
それはまるで柔軟な鎧のようであった。
千羽鶴を刺繍した鴇色紋綸子の中振袖に、礼子はふくらすずめに結んだ袋帯を締めていた。赤い金銀の扇面くずしの帯の刺繍を、ただよう帯揚げの鹿の子絞りと、丸括けのふくよかな帯締めが宥めていた。 (「恋重荷」より)
その光りを端からすくい上げてゆくように、夜行列車の暗く煤けた不機嫌な車体が構内へ辷り込んできた。圧搾された蒸気が玻璃質の朝空を壊した。この不愉快な真黒な機械は、まだしばらく罵るような軋り音や雑音をあたりに散らかして、そして黙った。(「恋重荷」より)
良輔夫婦はその朝、久々にすがすがしい接吻をした。
朝と云っても、しらしらあけの空に向って、露台へ出て、薄荷の入った水を含むように、黎明の空気を相手の唇の端に感じて、それから又、夜すがらの熱のこもった口腔の熱さを舌でまさぐって、いつまでつづけていても倦きるということのない接吻を久々にした。(「朝の純愛」より)
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