読書の記録

No.119 2005.10.5

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やさしい訴え/小川洋子

(文藝春秋 /1996年発行)


「博士の愛した数式」がよかったので、他の作品も読んでみることにした。
 浮気をしている夫との冷たい関係に耐えられなくなった主人公は、子供の頃から家族で休暇を過ごすために別荘に久しぶりに行くことに決める。別荘を管理してくれている温かで優しい女主人に助けられながら、一人、その別荘でしばらく暮らすことにする。別荘の近くには、チェンバロを製作している新田氏とその助手の薫さんが住んでいた。主人公は彼らに惹かれていく。

 小川洋子の作品は、小説としてとても完成度が高い。まず文章がいい。言葉がちょうどいい速度で落ちて降り積もる、静かで落ち着いた文章。深みのある文章を書ける人だと思う。あとは、描写がいい。博士では数学、この作品ではチェンバロ制作を、丁寧に描写している。恐らく、調べて取材して書いているのだけれど、このなじみのない職業を、魅力的に読者に伝える術に長けている。文章を追っていくだけでその世界に入っていく。彼女の小説の世界は、音楽のように耳に心地よい。

 ただし、完成されすぎているということが、私には物足りない。まるで、精巧に作られたテーマパークのアトラクション。行ってらっしゃーい、と自動運転のボートに乗って出発し、道中はわくわくどきどきしながら仕掛けを楽しむのだけど、おかえりなさーいと帰ってきたところは元の場所。面白かったけれど、どこにも連れて行ってくれないんだなという感じ。

 主人公が好きになれないんだなあ。まあこれは、本当、好みです。自分が好きになる主人公をばしっと見つけたときの感動は、恋に落ちたときの感動に似ている。

 いろいろ文句言っているけれど、小説としてすごく上手いことは確か。見習うべきところがたくさんあるし、上手いというだけで読んでいて心地いい。また別の作品も手にとることだろう。


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